松山郷(読み)まつやまごう

日本歴史地名大系 「松山郷」の解説

松山郷
まつやまごう

和名抄」東急本には「万都也万」と訓を付す。仁和三年(八八七)三月、讃岐守であった菅原道真は松山館に遊んでいる(菅家文草)。保元の乱後、讃岐に流された崇徳上皇は最初に「松山の御堂」に入ったという(保元物語)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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