松虫村(読み)まつむしむら

日本歴史地名大系 「松虫村」の解説

松虫村
まつむしむら

[現在地名]印旛村松虫

北印旛沼南西方の台地上に位置し、東は吉高よしたか村、南は瀬戸せと村。南端に松虫姫伝説にまつわるうしむぐり池がある。寛文一三年(一六七三)の野論絵図(岩井家蔵)に村名がみえ、当村、荒野こうや(現本埜村)萩原はぎわら村三村の入会野をめぐる争論に対し幕府評定所の裁許が下った。寛文元年から貞享二年(一六八五)まで幕府領(天保一〇年「免割手控帳」岩井家文書)、その後旗本川口領となり、元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分によれば高一七八石余、同領。翌一四年から佐倉藩領、享保八年(一七二三)から幕末まで山城淀藩領。寛文年間、印旛沼干拓に伴って松虫新田(現本埜村)が開発された(本埜村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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