板島郷(読み)いたじまごう

日本歴史地名大系 「板島郷」の解説

板島郷
いたじまごう

現宇和島市域北西部に形成された中・近世の郷名。板島の名について、天和二年(一六八二)の「宇和旧記」は次のような伝承を載せている。「板島と云事、孝元天皇の御弟伊予皇子、南蛮西戎、ともすれば令蜂起之間、此御子を当国へ下し給ふによつて、西南藩屏将軍と云、此三男を小千御子と云、越智郡に居住せり、夫より六代目を伊但馬と云、当国西南土佐界に御館有、故に居処を以て名とすと予章記に見えたるよし」。古くは伊但島と書いたともいう。また同書によれば、板島丸串まるぐし(宇和島城)城主西園寺公広の御連枝来村くのむら殿西園寺宣久で、板島郷・来村郷の内で高六千六〇〇石余を支配した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む