市内の考古遺跡には、縄文時代の
古代・中世において、宇和島市域が宇和郡の政治・経済の中心地からはずれていたことは、周知のとおりである。暦応三年(一三四〇)一〇月一八日付の清谷寺諸旦那譲状に、宇和郡西園寺大旦那の下に「来村殿一族子孫」とみえる。この来村殿は、宇和西園寺氏の庶子家であり、現宇和島市来村地区に在住したと考えられる。中世に入って開発が進み、市域の北部に板島郷、南部に来村郷という二つの中世郷が形成され、来村殿西園寺氏が板島郷と来村郷のうち
嘉禎二年(一二三六)二月二二日、太政大臣西園寺公経が鎌倉幕府に要望して宇和郡を得、それまでの宇和郡地頭橘氏は仁治元年(一二四〇)閏一〇月一三日、肥前国長島庄地頭に転補されて去った。しかし橘氏の庶子家は宇和郡南部に存続したようで、永仁五年(一二九七)八月二二日来村三島神社に橘忠重が神鏡を奉納している(宇和旧記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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