日本歴史地名大系 「板橋城」の解説 板橋城いたばしじよう 東京都:板橋区上板橋村板橋城「風土記稿」によると、城跡は上板橋村に所在したとされるが、化政期においてもその旧跡は不明であったという。現在も考古学的調査は行われず、実態は不詳であるが、現東山(ひがしやま)町長命(ちようめい)寺付近や稲荷台の日暮里(いなりだいのにつぽり)山(加賀小学校付近)など諸説がある。中世の板橋は板橋氏が領有しており、旧上板橋・下板橋地域には惣領家を含めた庶家が展開し、それぞれ屋敷を構えていたと考えられる。大永四年(一五二四)一月一三日、北条氏綱の江戸城攻略によって、同城から退去した扇谷上杉朝興は板橋を目指すが、当地の板橋某・市太夫が討死し、朝興は河越(かわごえ)城(現埼玉県川越市)へと向かっている(異本「小田原記」)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by