関宿(読み)せきやど

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

関宿
せきやど

千葉県北西端,利根川江戸川に挟まれる地区。旧町名。1889年町制。1955年二川村,木間ヶ瀬村と合体。2003年野田市に編入。中心地区は,江戸時代においては城下町として,また利根川,江戸川水運の重要河港としても繁栄。通船を検問する関所が置かれ,問屋,運送店船宿発達。1890年利根運河の完成,陸運の発達などでその機能は失われた。周辺では水稲のほか果樹,野菜の栽培と養豚養鶏を導入した多角的な農業経営が普及。関宿大橋で埼玉県と,境大橋で茨城県とそれぞれ連絡する。

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大辞林 第三版の解説

せきやど【関宿】

千葉県北西端、野田市にある地名。近世、久世氏六万石の城下町。利根川と江戸川の分流点に当たり、明治中期まで利根川水運の河港として繁栄した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

関宿
せきやど

千葉県北西部、東葛飾郡(ひがしかつしかぐん)にあった旧町名(関宿町(まち))。現在は野田市(のだし)の北西部を占める一地区。利根(とね)川と江戸川に挟まれた台地と低地からなる。1889年(明治22)町制施行。1955年(昭和30)木間ヶ瀬(きまがせ)、二川(ふたかわ)の2村と合併。2003年(平成15)野田市に編入。旧町域は、幹線交通路からははずれているが、利根川を挟んで東隣の茨城県坂東(ばんどう)市との間に下総利根大橋(しもうさとねおおはし)(有料道路)が架かる。地名は、河川交通の要所をなし、関所があって宿場でもあったことに由来し、現在も関宿の地名が残る。1457年(長禄1)に簗田(やなだ)成助が城を築き、江戸時代、松平(久松)康元(やすもと)4万石(関宿藩)が配されて城下町が整うとともに、利根川水運の拠点として問屋、船宿が建ち並び大いににぎわった。明治中期以後、利根運河が開かれて河川交通は衰え、農村集落へと変容した。地域の大半は微高地にあって、トマト、ナスなどの近郊野菜の生産が多く、ついで米作、酪農が行われている。1960年代以降、急激な都市化が進んだ。江戸川と利根川の水位調節用につくられた関宿閘門(こうもん)や、当地出身で第二次世界大戦終戦時の宰相鈴木貫太郎の記念館、将棋名人関根金次郎の墓、足利晴氏(あしかがはるうじ)、船橋随庵(ふなばしずいあん)らの墓がある宗英寺、復原天守閣をもつ県立関宿城博物館などがある。[山村順次]
『奥原謹爾著『関宿志』(1973・関宿町教育委員会)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

せきやど【関宿】

(利根川水運の関所と宿場が置かれたところからの称) 千葉県西北端、野田市の地名。利根川と江戸川の分流点にあり、江戸時代には久世氏六万石の城下町、利根川水運の河港として繁栄。農業が主。

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