林広院
りんこういん
[現在地名]美並村白山
下苅安集落東部の鶴尾山(林広院山)山麓にある。陽沢山と号し、曹洞宗、本尊釈迦如来。寺伝では、前身は粥川光広の祖上野之佐光林が創建した光林庵で、嘉吉元年(一四四一)光広が越中新川郡布目村(現富山市)大安寺の洞察を招請し開山にしたとされる。ただし慶安元年(一六四八)全焼し、それ以前の古記録は残らない。天文二一年(一五五二)福野村新田の河合七郎右衛門を討った遠藤盛数は、鶴尾山に築城し、河合氏の領跡を継いだ。永禄二年(一五五九)盛数は八幡城(現八幡町)へ移り、稲葉備中守通則の家臣名和和泉守が城主となった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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