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林良適 はやし りょうてき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

林良適 はやし-りょうてき

1695-1731 江戸時代中期の医師。
元禄(げんろく)8年10月23日生まれ。幕臣。享保(きょうほう)7年小石川養生所医員,のち御番医師となる。丹羽正伯(にわ-せいはく)と「普救類方(るいほう)」を編集,14年刊行した。享保16年1月22日死去。37歳。本姓は伴。名は完煕(もとあきら)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

林良適

没年:享保16.1.22(1731.2.28)
生年:元禄8.10.23(1695.11.29)
江戸中期の幕府医官。名は完煕,通称は良二のち良適,号は楽軒。官医伴道与の次男。江戸の人。林良喜の養女の婿養子として家を継ぐ。小石川養生所出役を経て享保11(1726)年御番医師。庶民のための民間療法を集めた『官刻普救類方』を丹羽正伯と共に編し,将軍徳川吉宗の命により『馬経大全』を和解した。また江戸参府オランダ商館医から製薬油法の伝授を受け,梅花,菊花,丁子の油を製して幕府に献上した。江戸で没し,四谷・理性寺(新宿区のち杉並区に移る)に葬られた。<参考文献>宗田一「紀州から江戸入りした吉宗の侍医たち」(『医薬ジャーナル』27巻7号),小曾戸洋「幕府医官・林恒斎とその子孫」(『漢方の臨床』38巻6号)

(宗田一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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