柏久保村(読み)かしわくぼむら

日本歴史地名大系 「柏久保村」の解説

柏久保村
かしわくぼむら

[現在地名]修善寺町柏久保

狩野かの川と支流大見おおみ川の合流点、同川の北岸、狩野川の東岸にあり、北は牧之郷まきのごう村。江戸時代は田方郡に属した。明応六年(一四九七)四月、伊豆制圧を進める伊勢宗瑞(長氏、北条早雲)と当地域の有力領主狩野道一との間で「柏窪一戦」があり、宗瑞方の大見三人衆が後詰の戦功をあげている。これによって三人衆は同月二五日に大見郷陣夫役等を免除され(同日伊勢長氏判物写「大見三人衆由来書」佐藤藤一郎氏所蔵文書)、永正一六年(一五一九)一月二九日に大見郷四〇貫文四〇石を与えられている(同日「伊勢長氏判物写」大見三人衆由来書)。文禄三年(一五九四)検地が行われ(同年七月「柏久保村検地帳写」飯田家文書)、二四町九反・二二三石二斗三合が打出され、慶長元年(一五九六)二五町八反余・三三八石余が牧之郷から分けられたという(増訂豆州志稿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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