牧之郷村(読み)まきのごうむら

日本歴史地名大系 「牧之郷村」の解説

牧之郷村
まきのごうむら

[現在地名]修善寺町牧之郷

狩野(かの)川中流域の東岸にある村。中世牧之郷の遺称地。江戸時代は田方郡に属し、西対岸は君沢(くんたく)郡瓜生野(うりゆうの)村、北は田方郡大仁(おおひと)村(現大仁町)。文禄三年(一五九四)七月に彦坂元正による検地が行われ(「豆州牧之郷検地帳」飯田家文書)、同四年九月一日の牧之郷年貢割付状写(同文書)によると田畑屋敷共高一千一〇四石余。内訳は上田三五町七反余・八ツ取・三八九石余、中田一九町八反余・七ツ取・一六四石余、下田三三町六反余・七ツ取・二一四石余、上畑三町一反余・七ツ取・一六石余、中畑二町二反余・五ツ取・六石余、下畑五町六反余、屋敷一町七反余・七ツ取・一一石余、引二九二石余、定納八一二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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