柳ヶ城跡(読み)やながじようあと

日本歴史地名大系 「柳ヶ城跡」の解説

柳ヶ城跡
やながじようあと

[現在地名]甲田町上甲立

五竜(ごりゆう)城跡の北方、本村(ほむら)川対岸の菊(きく)山山系から南に延びる一支尾根の上に築かれた山城で、柳(やな)ヶ坪(つぼ)・坪(つぼ)山ともよばれた。比高六〇メートル、頂部に三〇メートル平方の郭をつくり、前面に数段の郭を並べ、先端および背後に空堀を設けた臨時的なつくりである。「閥閲録」所収の宍戸美濃家書上に建武元年(一三三四、「国郡志下調書出帳」は応永年間とする)宍戸氏六代持家の弟朝家が、常陸宍戸(ししど)庄から安芸に下って上甲立(かみこうたち)に土着し、最初に入城した城という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 本村 しし つぼ

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む