柳久瀬村(読み)やなくせむら

日本歴史地名大系 「柳久瀬村」の解説

柳久瀬村
やなくせむら

[現在地名]藤島町柳久瀬

藤島川(笹川)沿いにあり、西方を流れる黒瀬くろせ川を隔て荒俣あらまた村・箕升新田みますしんでん村。藤島川には河戸(舟着場)が設けられていた。中世に柳久瀬館があったといわれ(筆濃余理)、館主の碑とみられる五輪塔が福田ふくでん寺にある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録に簗杭瀬村とみえ高六一八石余、以後庄内藩領。寛永元年庄内高辻帳でも同様に記され、高八四〇石余。近世後期には田五六町八反余・畑九町六反余・屋敷一町余(藤島町史)弍郡詳記では免四ツ一分、家数四二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む