栃山七口新村(読み)とちやまななくちしんむら

日本歴史地名大系 「栃山七口新村」の解説

栃山七口新村
とちやまななくちしんむら

[現在地名]滑川市七口ななくち

早月はやつき川が形成した新扇状地の扇央部に位置し、南東四ッ屋新よつやしん村。村名の由来は栃山村領で七番目に開発されたとも、用水の取入口が七ヵ所あったことによるとも伝える。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によると草高七三石、明暦二年(一六五六)から同三年の新田高一七石、免二ツ六歩であったが、村御印本紙は元禄六年(一六九三)盗難にあい、加賀藩の算用場から写しが発行されている(三箇国高物成帳)。所属組は上島かみじま村と同じ。享保一八年(一七三三)の新川郡村廻帳(川合家文書)では村肝煎は作右衛門、家数一二(百姓一〇・頭振二)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む