栗熊西村(読み)くりくまにしむら

日本歴史地名大系 「栗熊西村」の解説

栗熊西村
くりくまにしむら

[現在地名]綾歌町栗熊西

富熊とみくま村の南、栗熊東村の西に位置し、南部は山地・丘陵地で、中央から北部は平地が広がり、西寄りを中大束なかだいそく川が北流する。郷帳類では栗熊東村と合せて栗熊村で高付される。しかし寛政二年(一七九〇)の栗熊西村宗門改帳(稲毛文書)があるので、江戸後期には実態的には東西に分村していたようである。天保九年(一八三八)の御領分明細記によると栗熊西村の高七七四石余。溜池定連上じようれんかみ池・定連下池・熊倉くまくら池の三池で水掛高二二六石余を得たほか三四の池があった。別に岡田東おかだひがし村の小津守こづもり池から高八〇石、栗熊東村の水橋みずはし池から高一五〇石、上法軍寺かみほうぐんじ(現飯山町)池から高二二石余の用水を利用した(池泉合符録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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