根岸競馬場跡(読み)ねぎしけいばじようあと

日本歴史地名大系 「根岸競馬場跡」の解説

根岸競馬場跡
ねぎしけいばじようあと

[現在地名]中区根岸台・簑沢

山手やまて丘陵西南、旧根岸村の中央の丘陵上にあった。元治元年(一八六四)横浜居留地覚書で、吉田よしだ新田一ッ目ひとつめ沼を埋立てて、周囲一八町の締約諸国の調練場と「当地居留の外国人競馬場」を設けることを締約したが実現がむずかしく、その後根岸湾を見下ろす丘の上に競馬場を設けることに決まり、翌慶応元年(一八六五)秋着工し、翌年六月頃落成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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