桂沢村(読み)かつらざわむら

日本歴史地名大系 「桂沢村」の解説

桂沢村
かつらざわむら

[現在地名]長岡市かつら

東山丘陵の西麓にあり、山の裾に見附往来が通る。南は加津保沢かつぼざわ村、北は亀崎かめざき村に接する。西方には八町はつちよう沼が展開していた。文明(一四六九―八七)頃の長尾・飯沼氏等知行検地帳(上杉家文書)には飯沼弾正左衛門尉分の高波たかなみ保のなかに、野沢孫右衛門尉分として「椿沢・栃窪・桂沢」が記される。椿沢つばきざわ栃窪とちくぼ(現見附市)ともに東山丘陵内に当地と近隣してある。


桂沢村
かつらざわむら

[現在地名]出雲崎町桂沢

大釜谷おおがまや村の南、吉水よしみず村・相田あいだ村とは地境が不分明。正保国絵図に高七一石余で幕府領。その後高田藩領となったと思われるが、天和三年郷帳にはみえない。しかし元禄一四年(一七〇一)高田藩稲葉氏が下総国佐倉藩主となって引続き領地とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む