桃井郷(読み)もものいごう

日本歴史地名大系 「桃井郷」の解説

桃井郷
もものいごう

和名抄」高山寺本には記載なく、東急本には「毛毛乃井」と訓を付す。藤原宮出土木簡に「上毛野国車評桃井里大贄鮎」とある。源頼朝に従った足利義兼の子義胤が当地に住し、名字の地としたとされる。建保元年(一二一三)和田合戦勲功として藤内左衛門尉に与えられた地に「上野国桃井」がある(「吾妻鏡」同年五月七日条)。「神道集」に「桃井郷上村内八ケ権現」の話を載せる。叡山文庫真如蔵七百科条鈔巻一の文明三年(一四七一)一二月三日の奥書に「上野州群馬甲桃井山小田船尾山柳沢寺東覚院」がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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