桐ヶ谷南村(読み)きりがやみなみむら

日本歴史地名大系 「桐ヶ谷南村」の解説

桐ヶ谷南村
きりがやみなみむら

[現在地名]流山市みなみなど

桐ヶ谷村の北に位置し、西を江戸川に画される。東は桐ヶ谷谷津奥部の谷を境として上新宿かみしんしゆく村。村方文書では単に南村と記されることが多い。「本土寺過去帳」では応永四年(一三九七)一月の年紀がある妙仙(中・一五日条)に南と注記がある。同帳ではほかにも応永や嘉吉(一四四一―四四)年号がみえる南に関する結縁者が確認できる。元和三年(一六一七)旗本渡辺真綱は「小金領桐□村百五十石」などを与えられている(諸法度)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む