朝日日本歴史人物事典 「桑山重晴」の解説
桑山重晴
生年:大永4(1524)
戦国・安土桃山時代の武将。尾張国海東郡桑山の出身で,以則の子。生年には大永7(1527)年説もある。豊臣秀吉に仕え,天正11(1583)年の賤ケ岳の戦の戦功で但馬竹田城を与えられ,従五位下・修理大夫に叙任した。秀吉の弟羽柴秀長の下で各地に戦功をあげている。同13年,秀吉が紀伊和歌山を征服したとき,若山城(和歌山城)が秀長に与えられたが,秀長は重晴を城代(3万石)としている。なお重晴は千利休から茶を学び,茶人としても有名であった。慶長1(1596)年,出家して宗栄と号した。
(小和田哲男)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報