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桑山重晴 くわやま しげはる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

桑山重晴 くわやま-しげはる

1524-1606 織豊時代の武将。
大永(たいえい)4年生まれ。はじめ豊臣秀吉に,ついで羽柴秀長につかえ,紀伊(きい)和歌山城代として3万石をあたえられる。関ケ原の戦いでは徳川家康に味方し,和歌山城をまもった。千利休にまなび,茶人としても知られる。慶長11年10月1日死去。83歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。号は宗栄。

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朝日日本歴史人物事典の解説

桑山重晴

没年:慶長11.10.1(1606.11.1)
生年:大永4(1524)
戦国・安土桃山時代の武将。尾張国海東郡桑山の出身で,以則の子。生年には大永7(1527)年説もある。豊臣秀吉に仕え,天正11(1583)年の賤ケ岳の戦の戦功で但馬竹田城を与えられ,従五位下修理大夫に叙任した。秀吉の弟羽柴秀長の下で各地に戦功をあげている。同13年,秀吉が紀伊和歌山を征服したとき,若山城(和歌山城)が秀長に与えられたが,秀長は重晴を城代(3万石)としている。なお重晴は千利休から茶を学び,茶人としても有名であった。慶長1(1596)年,出家して宗栄と号した。

(小和田哲男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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