梅窪村(読み)うめのくぼむら

日本歴史地名大系 「梅窪村」の解説

梅窪村
うめのくぼむら

[現在地名]香北町梅の久保(うめのくぼ)

物部(ものべ)川の北岸、大井平(おおいだいら)村の北東に位置し、北東は日浦古味(ひうらこみ)村。集落は北に山を負って、傾斜する標高一五〇―二〇〇メートルの段丘上から山腹にかけて立地。天正一六年(一五八八)の韮生谷地検帳には「中内ノ村」とあり、その小字に「梅ノクホ」がみえる。元禄六年(一六九三)に梅窪村と改称したというが(香北町史)、その後も「南路志」などは中内(なかうち)村と記す。

前記の地検帳では中内名一四筆三町二反三四代のすべてが野中三郎左衛門の給地で、一筆当り八反・六反・四反というような大まかな把握の仕方が目につく。下田・下々田・山畠ヤシキが入交じる。元禄地払帳は中内村とし、本田高は三三・一一七石とありすべて蔵入地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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