梶原寺跡(読み)かじわらでらあと

日本歴史地名大系 「梶原寺跡」の解説

梶原寺跡
かじわらでらあと

[現在地名]高槻市梶原一丁目

西国街道沿いに所在する畑山はたやま神社境内および付近一帯からは奈良時代前期およびそれ以降の時代の屋瓦が出土し、古代寺院の所在が推定される。発掘調査によって奈良時代の掘立柱建物が数棟検出されており、また付近には大門・末房・東四方院などの字名が残る。伽藍の規模・形式については不明で、畑山神社の背後にある梶原瓦窯跡からは飛鳥時代に属する屋瓦が発見されており、当寺の創建も飛鳥時代にさかのぼると推測されている。天平勝宝九年(七五七)三月一六日の摂津職解(正倉院文書)に、造営中の東大寺大仏殿回廊の屋根瓦を四天王寺(現天王寺区)と梶原寺に二万枚発注したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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