梶原瓦窯跡(読み)かじわらがようせき

日本歴史地名大系 「梶原瓦窯跡」の解説

梶原瓦窯跡
かじわらがようせき

[現在地名]高槻市梶原一丁目

西国街道沿いに所在する畑山はたやま神社の背後の丘陵裾斜面地に立地する。発掘調査は行われていないが、瓦を含む灰層の分布から複数の窯跡の存在が推定される。出土屋瓦は単弁文端丸瓦や複弁八葉蓮華文端丸瓦、三重弧文端平瓦を含む奈良時代前期のものを主とするが、飛鳥時代にさかのぼる百済様式の素弁八葉蓮華文端丸瓦一点と奈良時代後期のものやも認められる。当瓦窯は隣接する梶原寺の造営に伴って経営されたものであろうが、郡家ぐんげに所在する芥川あくたがわ廃寺跡から出土する屋瓦中にも、作瓦技法からみて当瓦窯からの供給品とおぼしきものが認められるなど、他寺院への供給も行われていたようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む