梶浦逸外(読み)カジウラ イツガイ

20世紀日本人名事典 「梶浦逸外」の解説

梶浦 逸外
カジウラ イツガイ

昭和期の僧 元・臨済宗妙心寺派管長。



生年
明治29(1896)年7月10日

没年
昭和56(1981)年2月10日

出生地
愛知県名古屋市東区白壁町

学歴〔年〕
般若林(臨済宗連合)〔明治42年〕卒

経歴
昭和18年臨済学院専門学校(現・花園大)学長翌年辞任。23年妙心山内慈雲院副住職となり、妙心寺脈に転派。44年より9年間妙心寺派管長。54年から国際臨済禅交流協会初代会長を務めた。一方、30年に正眼短大を創設、学長として後進の指導にあたったほか、妙心寺派の禅の海外布教を進めた。巨人軍の川上哲治元監督などの禅の師匠としても有名。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梶浦逸外」の解説

梶浦逸外 かじうら-いつがい

1896-1981 昭和時代の僧。
明治29年7月10日生まれ。臨済学院専門学校(現花園大)校長をへて,昭和19年岐阜県正眼寺(しょうげんじ)住職,44年妙心寺派管長となる。正眼短大を創立。禅の海外普及につとめた。昭和56年2月10日死去。84歳。愛知県出身。臨済宗大(現花園大)卒。法名は宗実。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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