棗原村(読み)なつめはらむら

日本歴史地名大系 「棗原村」の解説

棗原村
なつめはらむら

[現在地名]三良坂町棗原

大谷(おおだに)村の南西、上下(じようげ)川の沖積平地に位置する小村。北西・西・南はいずれも灰塚(はいづか)村に囲まれ、東は甲奴(こうぬ)郡木屋(きや)村(現総領町)に接する。元和五年(一六一九)の備後国知行帳に「夏目原村」として高一二八石五合とある。以後村高の増減はなく、「芸藩通志」による田畝一六町一反二畝余、戸数四五・人口一八八、牛五八・馬五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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