森光村(読み)もりみつむら

日本歴史地名大系 「森光村」の解説

森光村
もりみつむら

[現在地名]小国町森光

渋海しぶみ川西岸、北は小栗山こぐりやま村、南ははら村。小国西組に属する。口碑によれば、小国盛光が戦いに敗れて自殺。その子次郎盛国(一説に孫光国)が建長元年(一二四九)に真言宗盛光じようこう寺を建立。村名はもとなか村であったが盛光もりみつ村と称し、転じて森光村になったという。近世初めは高田藩領、天和元年(一六八一)から幕府領のことが多く、文久二年(一八六二)から長岡藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む