植木学校跡(読み)うえきがつこうあと

日本歴史地名大系 「植木学校跡」の解説

植木学校跡
うえきがつこうあと

[現在地名]植木町植木

植木の中心部、山鹿やまが―熊本、大津おおづ(菊池郡大津町)玉名たまな両大道が交差する通称広町ひろまちとよばれる東側にある。明治八年(一八七五)四月二六日、宮崎八郎・有馬源内・広田尚らが中心となって開校した県内最初の民権派の変則中学校で、植木中学校ともいった。正称は植木が第五大区内にあったところから熊本県第五番中学校と命名された。旧山本やまもと郡正院手永会所跡を改造して校舎とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む