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植田乙次郎 うえだ おとじろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

植田乙次郎 うえだ-おとじろう

1825-1893 幕末の武士。
文政8年2月生まれ。安芸(あき)広島藩士。文久3年用達所(ようたしどころ)頭取,のち勘定奉行などをつとめる。藩の討幕派の中心として薩長芸三藩同盟の成立につくす。戊辰(ぼしん)戦争では備中(びっちゅう)(岡山県),備後(びんご)(広島県)の鎮撫参謀となった。明治26年5月26日死去。69歳。名は常戩。通称は別に与右衛門,鷺之助,吉輔など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

植田乙次郎

没年:明治26.5.26(1893)
生年:文政8.2(1825)
幕末の安芸藩(広島県)藩士。藩主浅野長訓の人材登用により文久3(1863)年武具奉行,野村帯刀,辻将曹(維岳)の藩政改革を助け,元治1(1864)年の第1次長州征討では幕長間の戦争回避工作に当たる。慶応2(1866)年の第2次長州征討では出兵拒否の藩論のもと,長州藩士広沢真臣と長芸不戦協約を結び,その後勘定奉行に昇進。翌3年,藩論が武力討幕論と大政奉還論に分化するにつれ前者を代表,9月山口に赴き薩長芸三藩出兵同盟を結ぶ。10月上洛し,王政復古の計画に参加。帰藩し出兵準備に当たり,世子浅野長勲に従い上洛。翌明治1(1868)年1月錦旗を携えて帰藩し,山陽道の旧幕領の摂収に当たった。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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