極が谷遺跡(読み)ごくがたにいせき

日本歴史地名大系 「極が谷遺跡」の解説

極が谷遺跡
ごくがたにいせき

[現在地名]内海町安田 極が谷

三五郎さんごろう池の堤のすぐ上手にあり、昭和四年(一九二九)庭石の採石中に巨石の下から一個の銅鐸が発見された。銅鐸は押潰されたようになっていたが、総高三一・三センチの四区画袈裟襷文。その後この銅鐸出土地点の西方二メートルほどのところから、接合可能な平形銅剣の破片二点が発見され、昭和四五年にさらに一個分の銅剣の基部が出土。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む