楼蘭遺跡(読み)ろうらんいせき(その他表記)Lou-lan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「楼蘭遺跡」の意味・わかりやすい解説

楼蘭遺跡
ろうらんいせき
Lou-lan

中国シンチヤン (新彊) ウイグル自治区ロプノール湖畔にある遺跡。漢代の文献には,楼蘭地名みえ,前漢の武帝は元封3 (前 108) 年に匈奴の支配下にあった楼蘭国を征服し,ここを西域経営の重要拠点としたことが記載されている。 1900年 S.ヘディンはロプノール付近の探検旅行を行い大遺跡を発見し,その後,M.A.スタイン,日本の大谷探検隊もここを訪れ,この大遺跡が楼蘭に比定された。ここからは,軍府跡,仏塔,小城堡などの建造物,木簡,多くの古文書類などが発見され,漢代以降 400年前後まで,西域文化の一大中心であったことが知られる。

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