権堂村(読み)ごんどうむら

日本歴史地名大系 「権堂村」の解説

権堂村
ごんどうむら

[現在地名]長野鶴賀つるが 権堂町

善光寺ぜんこうじ町の東南にあり、長野ながの村と鐘鋳かない川で境し、東は七瀬河原ななせかわら村と境し、南は問御所といごしよ村と接し、西は妻科つましな村と境する。

村名の初見は慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)で、「六百七拾石壱斗八升三合 権堂村」とある。村名について、「長野県町村誌」は、寛永一九年(一六四二)五月長野村大火の際、善光寺如来堂及び境内の諸堂が焼亡したので、同本堂落成の慶安三年(一六五〇)までこの村の往生院を仮堂とし、村名を権堂村と改めたと記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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