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横山時兼 よこやま ときかね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

横山時兼 よこやま-ときかね

1153-1213 鎌倉時代の武将。
仁平3年生まれ。武蔵(むさし)七党のひとつ横山党に属し横山荘(東京都八王子付近)にすむ。治承(じしょう)4年の石橋山の戦い以後,源頼朝につかえる。父時広の妹が和田義盛の妻であったため,和田氏の乱には和田方にくわわったが敗れ,建暦(けんりゃく)3年5月4日自殺した。61歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

横山時兼

没年:建保1.5.4(1213.5.25)
生年:仁平3(1153)
鎌倉前期の武士。武蔵国横山荘の在地領主時広の嫡男。源頼朝に従って鎌倉幕府の草創に活躍。寿永1(1182)年源頼家の誕生に際しては梶原景時ら有力御家人と共に御護刀を献じている。建久1(1190)年頼朝の上洛に供奉。その後,右馬允に任官。また正治2(1200)年8月,佐々木経高が罷免されたのち,淡路の守護に補された。建保1(1213)年和田合戦のとき,叔母が和田義盛の妻,妹が義盛の嫡男常盛の妻であった関係から一族を率いて和田方に加勢したが敗れ,甲斐国で常盛らと共に自殺した。<参考文献>安田元久『武蔵の武士団』

(野口実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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