精選版 日本国語大辞典 「建暦」の意味・読み・例文・類語 けんりゃく【建暦】 鎌倉初期、順徳天皇の代の年号。承元五年(一二一一)三月九日代始により改元。将軍源実朝、執権北条義時の時代。建暦三年(一二一三)一二月六日、建保と改元。出典は「後漢書」の「建暦之本必先立レ元、元正然後定日比定」。 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
日本の元号がわかる事典 「建暦」の解説 けんりゃく【建暦】 日本の元号(年号)。鎌倉時代の1211年から1213年まで、順徳(じゅんとく)天皇の代の元号。前元号は承元(しょうげん)。次元号は建保(けんぽう)。1211年(承元5)3月9日改元。順徳天皇の即位にともない行われた(代始改元)。『後漢書(ごかんじょ)』『宋書(そうじょ)』『春秋』を出典とする命名。この頃、朝廷では後鳥羽(ごとば)上皇による院政が行われていた。建暦年間の鎌倉幕府の将軍は源実朝(さねとも)(3代)、執権は北条義時(よしとき)(2代)。また、鎌倉幕府では執権の北条氏と、有力御家人の権力闘争が激化していた。侍所別当(長官)の和田義盛(よしもり)は、1213年(建保1)に北条氏打倒の兵を挙げたが、幕府軍に討たれ、一族とともに敗死した(和田合戦)。前年の1212年(建暦2)には鴨長明(かものちょうめい)が『方丈記』を著し、1213年(建保1)には実朝の『金槐(きんかい)和歌集』が成立している。 出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報