橋本庄(読み)はしもとのしよう

日本歴史地名大系 「橋本庄」の解説

橋本庄
はしもとのしよう

高梁(たかはし)川右岸の秦(はだ)の橋本を遺称地として一帯に推定される。安政五年(一八五八)の秦下村見取分村絵図(撮要録)に、秦下(はだしも)村北部に橋本郷が記される。殿下渡領。安楽寿(あんらくじゆ)院(現京都市伏見区)領の由緒などを記す康治二年(一一四三)八月一九日の太政官牒案(安楽寿院古文書)によると、前太政大臣藤原忠実が山城宇治平等(うじびようどう)院に寄進した山城芹川(せりかわ)庄(現京都市伏見区)と白河院領であった当庄は、応徳年中(一〇八四―八七)に相博されて当庄は平等院に寄せられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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