檜原下村(読み)きそのはらしもむら

日本歴史地名大系 「檜原下村」の解説

檜原下村
きそのはらしもむら

[現在地名]津名町木曾下きそしも

檜原上村の西にあり、南は上畑かんばた村。南北に開けた谷間の村。正保国絵図に檜曾原下村とみえ、高三三九石余。天保郷帳では檜原下村とあり、高五六二石余。王子組に属し、反別戸数取調書では反別一八町七反余、高七六三石余、うち蔵入高六九七石余、六五石余が大屋予三郎ら二名の給知。ほかに檜原上村春日社領六斗余があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む