能の曲目。三番目物。五流現行曲。ただし金春(こんぱる)流は1970年(昭和45)の復曲。世阿弥(ぜあみ)作の老女物。幽玄の美を最高目標とした世阿弥作として確認される三番目物は、この『檜垣』と『井筒(いづつ)』だけであるのも注目される。『関寺(せきでら)小町』『姨捨(おばすて)』とともに「三老女」とよばれ、最奥の能として扱われる。
肥後国岩戸(いわど)山の僧(ワキ)のもとに、毎日水を捧(ささ)げる老女(前シテ)があった。僧が名を尋ねると、『後撰(ごせん)集』の「年経(ふ)ればわが黒髪も白川(しらかは)のみづはくむまで老いにけるかな」は自分の歌といい、白拍子であった過去を語り、回向(えこう)を願って消える。白川のほとりに出向いた僧の前に、檜垣の庵(いおり)から老女の霊(後シテ)が現れ、美しい舞姫の、おごりの生活であったがゆえに、地獄で永遠に業火(ごうか)の水をくまねばならぬ苦しみを述べ、昔を懺悔(ざんげ)する。藤原興範(おきのり)に水を所望されて歌を詠んだこと、老いの身を嘆きつつも白拍子の昔をしのび、舞を舞った思い出を再現し、成仏を願って終わる。金剛流の台本は、成仏を果たした結末になっている。華やかな過去を老いた時点から回想し、その生の時間をさらに地獄から眺めるという、いわば二重の回想形式をとり、女と老いの深い世界を描く、能の名作である。
[増田正造]
能の曲名。三番目物。老女物。世阿弥作。シテは老いた白拍子(しらびようし)の霊。肥後の岩戸(いわど)の山に住む僧(ワキ)のもとに,百歳にも及ぶ老女(前ジテ)が訪れ,仏前の閼伽(あか)の水を僧に捧げて弔いを頼む。名を尋ねると,近くの白川のほとりに昔住んでいた白拍子だと名のって消え失せる。僧が白川に赴くと,檜垣で囲った庵(いおり)から白拍子の霊(後ジテ)が現れ,僧に死後の苦しみを訴える。この女は美女の誉れの高い白拍子だったが,その業(ごう)ゆえに,生前もあさましい老いの姿をさらして生き続けなければならなかったと,その思い出を物語り(〈クセ〉),藤原興範(ふじわらのおきのり)に乞われて舞った老体の舞を再現して見せ(〈序ノ舞〉),僧に救いを求める。この曲は老女物といっても,単に老醜をはかなむ能ではない。異性の心を引きつけたその美しさゆえに,みずから誇った舞歌の生活ゆえに,死後も業火の燃え立つ釣瓶(つるべ)を永遠に手繰り続けねばならないというのが,主題である。
執筆者:横道 万里雄
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…平安時代から鎌倉時代にかけての貴族住宅の様式である寝殿造では,敷地の周囲に築地をめぐらすほか,建物の周囲や庭の仕切りに多くの種類の垣が用いられた。そのうち,檜垣(ひがき)はヒノキの薄板を網代(あじろ)のように編んだものを木製の枠に張ったもの,透垣(すいがき)は割竹を縦に編むように木製の枠に張ったもので,立蔀(たてじとみ)(格子に薄板を張ったもの)とともに建物の近い周囲に多く用いられた。そのほか中世の武士や庶民の住いなどでは,枝つきの木を人字形に組んだ鹿垣(ししがき)や柴垣,竹を編んだ垣,木枝や竹を格子状に組んだ籬(まがき),種々の樹木を植えた生垣(いけがき)が多く用いられた。…
…足遣いを主とした特殊な舞事で,《道成寺》の白拍子(前ジテ)のみに用いる。古くは金春(こんぱる)流の《道成寺》,観世流《檜垣(ひがき)》の老白拍子,宝生流《草紙洗》の小野小町,金剛流《住吉詣》の御随身と4流それぞれにあったが,江戸時代以降は各流とも《道成寺》のみで舞われる。囃子は小鼓だけで奏する(笛がところどころでアシラウ)のが特徴で,小鼓方はやや右を向きシテに対する。…
※「檜垣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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