檜山坦斎(読み)ひやま たんさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「檜山坦斎」の解説

檜山坦斎 ひやま-たんさい

1774-1842 江戸時代後期の国学者。
安永3年生まれ。書画の知識がふかく,鑑定にすぐれる。渡辺崋山としたしかった。裏千家千柄菊旦(ちがら-きくたん)にまなび,茶人としても知られた。天保(てんぽう)13年9月16日死去。69歳。名は義慎(よしちか)。字(あざな)は徳忠通称成徳。別号に盤松軒。著作に「花押譜」「皇朝名画拾彙(しゅうい)」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の檜山坦斎の言及

【本朝画史】より

…最初の本格的な日本絵画史の著述であり,和漢両様式の統合者としての狩野派の役割が強調されている。なお《続本朝画史》は江戸の鑑定家檜山坦斎(ひやまたんさい)(1774‐1842)が本書を継ぐとの意で1819年(文政2)出版した。【辻 惟雄】。…

※「檜山坦斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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