欠簗郷(読み)かけやなごう

日本歴史地名大系 「欠簗郷」の解説

欠簗郷
かけやなごう

[現在地名]多治見市東栄町とうえいちよう

多治見村の北、土岐川北岸にある。土岐郡に属する。正安二年(一三〇〇)二月一二日の興雲こううん庵宛の源貞経田畑寄進状写(東家文書)に「懸輪那」とみえ、貞経先祖重代所領とある。江戸中期以後は欠簗と記し、土合どあい高田たかたとともに土岐郡久尻くじり(現土岐市)の枝郷で、旗本妻木領。万治元年(一六五八)幕府領となる。延宝六年(一六七八)の免割帳(東文書)によれば、高三七石余。天和二年(一六八二)可児かに小名田おなだ村との間に両村の山境一帯に生茂る柴草の取得をめぐって山論となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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