歓喜町(読み)かんきちよう

日本歴史地名大系 「歓喜町」の解説

歓喜町
かんきちよう

上京区寺之内通北裏大宮西入二丁目

東西に通る寺之内てらのうち通の北裏、千本町せんぼんまち通を挟む両側町。東側は智恵光院ちえこういん通。

天文年中(一五三二―五五)、町の北に歓喜寺が再興されたが、天正年中(一五七三―九二)鶴山つるやま(現上京区)へ移された(坊目誌)(→大歓喜寺。興臨院(大徳寺の塔頭)文書(「坊目誌」所引)天文九年二月二七日条に、「毎年七斗二升歓喜寺に収む」とあり、慶長(一五九六―一六一五)以前は、当町付近に大徳寺領の多かったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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