正福院跡(読み)しようふくいんあと

日本歴史地名大系 「正福院跡」の解説

正福院跡
しようふくいんあと

[現在地名]堀金村大字三田 田尻

醍醐だいご三宝さんぼう院末寺。本尊不動明王。寺伝によれば、開祖は諏訪部氏で、伊那郡から天文年代(一五三二―五五)に武田晴信に追われて当村に来住。文禄年代(一五九二―九六)尾張の浪人浅野氏(幸長の三男と伝える)より養子を迎え、浅野姓に改姓。当家にはこの時持参した「文禄三年御用鋳物師小河内参八作」の銘のある陣鐘がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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