武埴安彦命 (たけはにやすひこのみこと)
        
              
                        孝元天皇の皇子とされる伝承上の人物。母は河内青玉繫の女の埴安媛。《日本書紀》崇神紀10年9月条によれば,山背にあって妻の吾田媛(あたひめ)と謀反をはかるが,事あらわれて吾田媛は崇神天皇の派遣した五十狭芹彦(いさせりびこ)の軍に敗れ,武埴安彦は和珥臣(わにのおみ)の遠祖の彦国葺(ひこくにぶく)に射殺されたという。なお《古事記》孝元天皇段には建波邇夜須毗古命,崇神天皇段には建波邇安王とみえる。
執筆者:川口 勝康
 
    
        
    出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
	
    
  
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                    武埴安彦命 たけはにやすひこのみこと
        
              
                        記・紀にみえる孝元天皇の皇子。
妻の吾田媛(あたひめ)とともに崇神(すじん)天皇に謀反をくわだて挙兵したが,やぶれて両人ともころされた。「古事記」では建波邇夜須毘古命とかく。
                                                          
     
    
        
    出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
	
    
  
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