コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

武埴安彦命 たけはにやすひこのみこと

3件 の用語解説(武埴安彦命の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

武埴安彦命 たけはにやすひこのみこと

記・紀にみえる孝元天皇の皇子。
妻の吾田媛(あたひめ)とともに崇神(すじん)天皇に謀反をくわだて挙兵したが,やぶれて両人ともころされた。「古事記」では建波邇夜須毘古命とかく。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

武埴安彦命

『古事記』『日本書紀』などに登場する人物。第8代と伝えられる孝元天皇と埴安媛の子。『古事記』では建波邇夜須毘古命,建波邇安王と書かれる。崇神天皇の命を受けて高志道(越国)へ赴いた大毘古は,不思議な少女が詠んだ,天皇殺害計画をほのめかす歌を聞き,急ぎ帰って天皇にそのことを告げた。天皇は山代国にいる異母兄のタケハニヤスが反逆を企てているのだといい,大毘古と丸邇臣の祖日子国夫玖命(ヒコクニブクノミコト)にこれの討伐を命じた。戦いのとき,タケハニヤスが放った矢は誰にも当たらなかったが,ヒコクニブクの放った矢はタケハニヤスに命中した,と『古事記』は伝える。『日本書紀』には,タケハニヤスとその妻吾田媛がそれぞれ挙兵して山背と大坂から都を襲おうとしたが,いずれも官軍に敗れて死んだとある。これは,反逆が完全な失敗に終わったことを強調するための造作だろう。

(佐佐木隆)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

たけはにやすひこのみこと【武埴安彦命】

孝元天皇の皇子とされる伝承上の人物。母は河内青玉繫の女の埴安媛。《日本書紀》崇神紀10年9月条によれば,山背にあって妻の吾田媛(あたひめ)と謀反をはかるが,事あらわれて吾田媛は崇神天皇の派遣した五十狭芹彦(いさせりびこ)の軍に敗れ,武埴安彦は和珥臣(わにのおみ)の遠祖の彦国葺(ひこくにぶく)に射殺されたという。なお《古事記》孝元天皇段には建波邇夜須毗古命,崇神天皇段には建波邇安王とみえる。【川口 勝康】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

武埴安彦命の関連キーワード古事記伝記紀神典セム日本書紀通証古訓古事記三部本書月読尊豊斟渟尊播磨稲日大郎姫

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone