…その後,京都に出た闇斎に谷秦山(谷重遠)が学んで復活し,史学,国学,暦学をあわせて〈谷家の学〉として伝えた。その土壌の上に武藤致和(むねかず)の《南路志》,鹿持(かもち)雅澄の《万葉集古義》などが生まれ,維新に連なる尊王思想が形成された。藩校として宝暦年間(1751‐64)に教授館(こうじゆかん)が,幕末にはそれに代えて文武館(のち致道館)が設けられた。…
※「武藤致和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...