比江廃寺跡(読み)ひえはいじあと

日本歴史地名大系 「比江廃寺跡」の解説

比江廃寺跡
ひえはいじあと

[現在地名]南国市比江 土居屋敷

西南流する国分こくぶ川北岸、標高一七・八メートルの自然堤防上に立地。心礎を中心とする礎石群が残っていたところから古くから寺院跡とみられていた。江戸中期の国学者安養寺禾麻呂は「土佐幽考」のなかで当廃寺は「続日本紀」天平勝宝八年(七五六)七月二一日条にみえる道原どうげん寺の跡ではないかとし、付近を道仙どうせん屋敷とよぶがこれは道原寺のなまりであるとした。これに対し「延喜式」(主税上)の諸国出挙正税公廨雑稲の土佐国分に「修理安祥寺宝塔料五千束」があるところから、当寺院跡を安祥あんしよう寺跡に当てる説もあった(岡豊村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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