毛利登人(読み)もうり のぼる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「毛利登人」の解説

毛利登人 もうり-のぼる

1821-1865* 幕末武士
文政4年7月6日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩の尊攘(そんじょう)派で,世子毛利元徳(もとのり)の奥番頭。四国艦隊下関砲撃事件の講和談判では軍使となる。第1次幕長戦争のあと恭順派により野山獄に投じられ,元治(げんじ)元年12月19日同志とともに処刑された。44歳。名は貞武,武。号は主静庵,斤田など。

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朝日日本歴史人物事典 「毛利登人」の解説

毛利登人

没年:元治1.12.19(1865.1.16)
生年:文政4.7.6(1821.8.3)
幕末の長州(萩)藩士。藩政府の要路にあって尊攘運動を支持した。第1次長州征討下で誕生した佐幕派藩庁により,前田孫右衛門ら6名の政務員と共に処刑された。

(井上勲)

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367日誕生日大事典 「毛利登人」の解説

毛利登人 (もうりのぼる)

生年月日:1821年7月6日
江戸時代末期の長州(萩)藩士
1865年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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