水俣郷(読み)みなまたごう

日本歴史地名大系 「水俣郷」の解説

水俣郷
みなまたごう

「和名抄」東急本・高山寺本ともに訓を欠く。「日本地理志料」は「美奈万多」と訓を付す。「延喜式」(兵部省)諸国駅伝馬にみえる「水俣」駅(駅馬・伝馬各五を置く西海道主道駅)も当郷内にあったものと思われる。湯出(ゆのつる)川と久木野(くぎの)川の合流点の傍らに名和氏家臣本郷某、次いで相良氏家臣三河宗甫のいた水俣城(陣内城)跡(現水俣市古城一丁目)があり、この一帯(旧水俣町)が当郷に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む