水木在家村(読み)みずきざいけむら

日本歴史地名大系 「水木在家村」の解説

水木在家村
みずきざいけむら

[現在地名]相馬村水木在家

相馬川の下流右岸に位置し、山を隔てて東を栩内とちない川が流れる。北は五所ごしよ村、西は相馬川対岸の紙漉沢かみすきざわ村・坂市さかいち村に接する。

正保二年(一六四五)の津軽知行高之帳の鼻和はなわ郡に村名がみえ、村高は八五・一三石、うち田方七八・六三石、畑方六・五石とある。貞享元年(一六八四)の郷村帳では寛文四年(一六六四)以降の新田とされ、村高は一九三・四石。貞享四年の検地帳によれば村高一〇八・六一六石、うち田方九六・九八九石、畑方一一・六二八石(数字は史料のとおり)。上田と中田が田方の四八パーセントしかない水田生産力低位の村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む