水白村(読み)みじろむら

日本歴史地名大系 「水白村」の解説

水白村
みじろむら

[現在地名]鹿島町水白

内浦街道に沿い、南・西は久江くえ村、北は尾崎おさき村。集落は水白と谷内水白やちみじろの二垣内に分れる。天正四年(一五七六)一一月二八日七尾城の周囲を占拠し、付近の鹿島・羽咋はくい両郡の長百姓らに帰参を求めた上杉氏年寄衆連署判物写(雑録追加)の宛所にみえる「たしろ」は「ミしろ」の誤写であろう。翌五年一一月一日能登一宮気多社が上杉方に宛てた免田指出案(気多大宮司家文書)によれば、「小竹村見しろ村」より二月役(おいで祭料)として、同社の衆徒方に毎年八貫文を進納していた。

天正八年から長連竜領。同二〇年の水白村検地帳写(水白区有文書)によると高三三一石余、内訳は田方一七町六反余・分米二一五石余、畑方一町八反余・分米一一石余、屋敷方一反余・分米一石余、名請人は二〇名。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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