水砂村(読み)みずすなむら

日本歴史地名大系 「水砂村」の解説

水砂村
みずすなむら

[現在地名]美星町東水砂(ひがしみずすな)・西水砂(にしみずすな)

星田(ほしだ)村の東にあり、北は大倉(おおくら)村。検討の余地は残るが「小田郡誌」に収める天正三年(一五七五)一二月一八日の毛利輝元宛行状に「弐拾貫 水砂村」とみえる。寛永備中国絵図では高六一八石余、旗本花房領。正保郷帳では枝村に熊師(くまし)村・ことのたわ(琴の峠)村・東村が載る。延宝五年(一六七七)の検地帳(美星町役場蔵)は東水砂村・西水砂村の二冊に分れ、両村を合せて田方四六三石余・六〇町七反余、畑屋敷一八五石余・三八町九反余、楮二二四株があり、五町八反余の大椿坂山は留山であった。寛永一七年(一六四〇)に造築された僧都池・熊石原池・椿谷池のほかに、戦国期から近世初頭には使用されていたと思われる原之池など五つの池があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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