氷室庄(読み)ひむろのしよう

日本歴史地名大系 「氷室庄」の解説

氷室庄
ひむろのしよう

神氷かんぴに所在した庄園。文永八年(一二七一)一一月日の杵築大社三月会相撲舞頭役結番帳の三番に「氷室庄三十丁信濃僧正跡」とある。信濃僧正とは幕府護持僧で、近江園城おんじよう寺の別当にもなった道禅で、氷室庄は幕府が地頭職を管理しつつ、幕府に仕える僧を地頭に補任してきた所領であると考えられるが、庄園領主は不明。嘉元三年(一三〇五)には道禅の地位を継承した人物(宛名を欠くため不明)に対して、幕府が安堵を行っている(同年一二月一七日「関東下知状」三千院文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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