永吉名・牟多田(読み)ながよしみよう・むただ

日本歴史地名大系 「永吉名・牟多田」の解説

永吉名・牟多田
ながよしみよう・むただ

正応六年(一二九三)四月三日の名越道鑑書下(肝付文書)に島津庄大隅方肝付郡弁済使兼石子息兼藤と地頭代の係争地として永吉名・牟多田がみえる。兼藤の主張では両所とも公田跡として年貢を徴収すべき田地であるが、地頭代の妨げにより田数が定まらず年貢徴収ができないとされている。そのため以後兼藤の申請に任せ見作田一七〇町のうち兼石当知行の七〇余町を除く九〇余町を各々平民の本名主に返付し、年貢を完済すべきことが命じられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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