永田絃次郎(読み)ナガタ ゲンジロウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「永田絃次郎」の解説

永田 絃次郎
ナガタ ゲンジロウ


職業
声楽家

専門
テノール

本名
永吉(キム ヨンギル)

生年月日
明治42年 9月7日

出生地
旧朝鮮 平安南道

学歴
陸軍戸山学校卒

経歴
平壌の栗問屋の二男。昭和4年渡日、朝鮮出身者として初めて陸軍戸山学校軍楽隊の生徒となり、首席で卒業。軍楽隊を離れた後、オペラ歌手を志して下八川圭祐に師事。8年、9年音楽コンクール声楽部門に出場して2年連続で第2位となった。11年藤原歌劇団のオペラ「蝶々夫人」で世界的プリマドンナ・三浦環の相手役に抜擢され、オペラ歌手としての地位を固めた。16年日夏英太郎監督の映画「君と僕」に主演。23〜33年藤原歌劇団に在団し、藤原義江に次ぐ主役級として多くの舞台に立った。戦後は在日本朝鮮人連盟に参加、金永吉の名で朝鮮中央芸術団のリーダーとしても活躍した。34年から在日朝鮮人の帰国運動に携わり、35年自身も第六次船の副団長として家族とともに北朝鮮に帰国。同国から功勲俳優の名誉称号を受けたが、数年後消息を絶った。平成16年北朝鮮の音楽雑誌「音楽世界」に評伝が掲載され、死亡が伝えられた。22年在日音楽プロデューサーにより「さよなら公演」などの音源が発売され、CDに復元された。

受賞
音コン第2位(第2回・3回)〔昭和8年・9年〕,音コン第2位・名誉賞〔昭和10年〕

没年月日
昭和60年 8月17日 (1985年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android